神奈川県の横須賀で親しまれている「横須賀海軍カレー」。名前から、明治の昔から続く名物のように思えるかもしれませんが、実は少し違います。ここでは横須賀市や神奈川県観光協会、農林水産省の説明をもとに、正確な位置づけを確かめます。
「現代に復元したカレー」
横須賀市の公式な説明では、旧日本海軍が明治41年に発行した『海軍割烹術参考書』に記載されているレシピを元に、現代に復元したカレーとされています。つまり、明治のレシピを手がかりにして、近年になって作り直した料理です。サラダと牛乳をセットで提供するのが基本ルールだと紹介されています。
背景にあった脚気と、英国海軍の料理
神奈川県観光協会や農林水産省の説明によれば、背景にはビタミン欠乏による脚気があります。明治の日本海軍では脚気が深刻で、栄養を改善するために取り入れられたのが、イギリス海軍のカレー風味のシチューにとろみをつけた料理でした。これをもとにしたカレーが日本のカレーライスのルーツとされ、横須賀は「カレー発信の地」とも言われる、と観光協会は控えめに紹介しています。日本のカレーの発祥地だと言い切っているわけではありません。
カレーによるまちづくり
市は平成11年(1999年)に「カレーによるまちづくり」を始め、同じ年に「カレーの街宣言」を行いました。復元されたカレーが街の名物として知られるようになったのは、この取り組みと結びついています。
- 元になったのは、明治41年発行の『海軍割烹術参考書』のレシピ
- 現代に復元されたカレーで、サラダと牛乳をセットにするのが基本ルール
- 平成11年に「カレーの街宣言」が行われた
歴史の資料と、いまの街の名物。その両方を切り分けて眺めると、一皿の背景がいっそう味わい深く見えてきます。
「復元」という言葉には、昔のレシピを大切に読み解いて、いまの食卓に届けようという姿勢がこめられています。当時そのままの料理が現代まで売られ続けてきたわけではない、という点を押さえておくと、街の名物としての横須賀海軍カレーを、より正確に味わえるでしょう。資料の言葉を丁寧に読むことが、料理を楽しむ入口になります。
お出かけ前には、公式の案内で営業日や時間を確認してください。横須賀でのカレーの思い出や、海軍にまつわる食の話は、投稿からどうぞお寄せください。